
「宇宙打ち上げの環境審査を大幅免除」—起草中の大統領令案に専門家が警鐘
概要
英ガーディアンの報道によると、トランプ米大統領(記事執筆時)が宇宙ロケットの打ち上げを環境審査の対象から大幅に外す内容の大統領令案を進めている。NEPA(国家環境政策法)や沿岸域管理法(CZMA)に基づく審査を「回避・迅速化」させる狙いで、打ち上げ行為を“カテゴリカル・イクスクルージョン(CE)=詳細環境審査不要の軽微案件”として扱う方向が示されたという。専門家は違法性の懸念と生態系・公衆衛生リスクを強く指摘している。
なお、前日(2025年8月13日)には商業宇宙分野の規制簡素化をうたう大統領令が実際に署名・公表されており、今回の「案」はそれをさらに踏み込ませる位置づけとみられる。(The Guardian, The White House)
なにが問題視されているか
- 環境レビューの骨抜き:運輸省(FAA所管)に「NEPA審査の排除・迅速化」を最大限行うよう指示。CE(軽微案件扱い)への一括指定案も盛り込まれ、騒音・振動・熱・微粒子・有害化学物質による影響評価が抜け落ちる懸念。
- 州の権限の弱体化:CZMAに基づく州の沿岸利用コントロールを弱め、連邦が優越介入する方向性が示唆。カリフォルニアでは州沿岸委員会がスペースXの発射増強に反対しており、州vs連邦の対立が先鋭化する可能性。
- ESA(絶滅危惧種法)との抵触:カメ類など希少野生生物の生息地に近い射場の影響評価が縮減されると、ESAの趣旨に反するとの指摘。
法的論点(かんたん解説)
- NEPAの原則:連邦機関の重要行為は環境影響を事前評価(EA/EIS)。ただし各機関は「通常は影響が無い行為」をCEとして自ら規定できる。打ち上げをCEに一律分類するのは訴訟リスク大。(GAO, ecfr.gov)
- 商業宇宙打上げ法(CSLA)の特例条項:公共の安全や財産保護に不要と運輸長官が判断すれば、規則で一部要件を免除し得る余地はあるが、NEPAに優先する包括免除ではないとの見方が有力。
環境影響の具体像(指摘されるリスク)
- 大気・水質汚染:高温燃焼に伴う**微粒子や有害化学物質(PFAS等)**の飛散・沈着、冷却水・洗浄水の流出など。(The Guardian)
- 騒音・衝撃波・熱害:打ち上げ時の衝撃波や爆発事故が営巣地・湿地に広域影響を与えるおそれ。Boca Chica(テキサス)ではFAAのNEPA審査が不十分として環境団体が提訴中。(Climate Change Litigation, biologicaldiversity.org)
- 排水問題をめぐる係争:テキサス州規制当局(TCEQ)は許可無き産業排水放流に対し罰金($3,750)を科した事例がある一方、スペースXは水銀汚染等の指摘を否定し反論している。事実関係は係争・調査が継続。(Chron, FLYING Magazine)
背景:商業打ち上げの急増
- SpaceXは2023年に96回のFalcon系打ち上げを実施し、2025年は170〜180回規模の目標が報じられている(年内に目標修正の動きも)。審査簡素化の圧力が高まる一方、環境ガバナンスとの綱引きが強まっている。(NASASpaceFlight.com)
今後の見通し
- 即時施行よりも訴訟前提:NEPA/CZMA/ESAとの抵触が焦点。CE一括指定は司法審査で争われる可能性が高い。(GAO)
- 規則制定ルート:CSLAの限定的免除条項を根拠にルールメイキングを経る案もあるが、NEPA適用除外にはならないとの見方。(Congress.gov)
- 州との主権争い:沿岸域管理を巡る州裁量と連邦優越の綱引きが可視化。カリフォルニア事例のような対立・差止めが増える恐れ。
ひとことで
- 大統領令案は「打ち上げは軽微案件」という前提で環境レビューをスキップさせる方向だが、法的にも実務的にもハードルが高い。審査の効率化は必要でも、全面免除は訴訟・反発を招き、結果的に遅延リスクも高めかねない。(The Guardian)