以下は、Scientific American 掲載記事「The Strange Saga of the Great Texas Space Shuttle Heist(テキサス州の奇妙なスペースシャトル奪還劇)」の詳細まとめです。
(原著:Dan Vergano、編集:Jeanna Bryner)

🚀 序章:退役後も影響力を放つスペースシャトル「ディスカバリー」
スミソニアン国立航空宇宙博物館(ワシントンDC郊外・チャンティリー)の別館「スティーブン・F・ウドヴァー・ヘイジー・センター」には、退役したスペースシャトル「ディスカバリー(Discovery)」が展示されています。
39回の宇宙飛行を経て焦げついたその機体は、NASAシャトル艦隊の象徴として年間100万人以上が訪れる人気展示です。
しかし、今その「ディスカバリー」が**政治の力によって“奪われようとしている”**という騒動が巻き起こっています。
🏛️ テキサス移設計画:政治の圧力による“奪取”の動き
2024年10月、ホワイトハウス予算局が「ディスカバリーをヒューストンに移送する」計画を検討しているとの報道が流れました。
この案は、テキサス州の有力議員らの強い要請によるもので、“スミソニアンからの略奪(heist)” とまで呼ばれています。
背景となる法案
- トランプ政権が7月に成立させた**「One Big Beautiful Bill Act」**(331ページの歳出法案)に、
85百万ドル(約125億円)を投じてディスカバリーを18か月以内にテキサスへ移送する条項が含まれていた。 - 移設先は NASAジョンソン宇宙センター(JSC) に隣接する スペースセンター・ヒューストン(Space Center Houston)。
推進派の主張
- テキサス州選出のジョン・コーニン上院議員(共和党)は「ヒューストンこそが“スペースシティ”として正当な展示場所」と主張。
- スペースセンター・ヒューストン代表のウィリアム・ハリス氏も「教育的・経済的価値が高まる」と支援を表明。
⚖️ 反対の声:専門家・議員らが「文化財破壊」と非難
スミソニアン側や歴史学者たちは、移設を**「無謀な政治的虚栄プロジェクト」**と厳しく批判しています。
- マシュー・ハーシュ(NY大学法学部研究員)
「2億ドル相当の国宝を政治的目的で奪う行為。スミソニアンが10年以上維持してきた文化財を破壊する危険がある。」 - リサ・ストロング(ジョージタウン大学美術史家)
「これは文化的略奪に等しい。スミソニアンは世界屈指の保存技術を有するが、ヒューストンにはそれがない。」 - マーク・ケリー上院議員(元宇宙飛行士) らも共同で反対声明を提出し、
「移設には巨額のコストと不可逆的損傷のリスクがある」と警鐘を鳴らしました。
🛰️ ディスカバリーの功績と「ヒューストン外し」の過去
- 初飛行:1984年8月30日
- 飛行回数:39回(NASAシャトルで最多)
- 主な功績:
- ハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げ(1990)
- チャレンジャー(1986)・コロンビア(2003)事故後の初再飛行
- 2011年3月9日に最後のミッションを完了
展示先決定の経緯(2011年)
NASA の当時の長官チャールズ・ボルデンが「全国で最も多くの人々に見てもらえる場所」として、
- ディスカバリー → ワシントンD.C.(スミソニアン)
- アトランティス → フロリダ(ケネディ宇宙センター)
- エンデバー → カリフォルニア(サイエンスセンター)
- エンタープライズ → ニューヨーク(イントレピッド博物館)
と配分を決定。
ヒューストンは当時、財政支援の欠如と来館者数の少なさにより評価が低く、「ヒューストン冷遇(Houston shuttle snub)」と呼ばれた論争を生みました。
⚙️ 技術的課題:移送のリスクと莫大なコスト
ディスカバリーは極めて繊細な構造を持ち、触れられるのは7か所のみ。
特に外装24,300枚の耐熱タイルは90%が空気を含むガラス質素材で、指先の圧力でも割れるほど脆い。
スミソニアンとNASAの見積もり
- 移送+展示施設建設費:約3億500万ドル(約460億円)
- 輸送費だけでも1億2000万〜1億5000万ドル
一方、テキサス側は「地上とバージ船で8百万ドルで可能」と主張しているが、専門家は「あり得ない数字(laughable)」と一蹴。
水分や振動による損傷、橋の通過制限など、再構築や分解の必要性から破損リスクが高いと警告されています。
さらに、シャトルを運ぶための747輸送機(Shuttle Carrier Aircraft)はすでに退役済みで、再稼働には最低でも2千万ドル超が必要とされます。
💰 政治的背景と所有権問題
最大の問題は、NASAではなくスミソニアンがディスカバリーの正式所有者であること。
スミソニアンは2012年にNASAから正式に譲渡を受け、「国民の信託として保管・展示する」法的義務を負っています。
- スミソニアン報道官アリソン・ウッド
「私たちは国民のためにこの遺産を守る責任を持っています。移設要請があっても慎重に判断します。」 - リチャード・ダービン上院議員
「スミソニアンの展示品を政府が“強奪”するのは史上初。そんな権利はテキサスにはない。」
📅 期限と展望:2027年1月4日までに実行?
法案では「2027年1月4日までに移送を完了」と明記されています。
しかし、専門家は「計画立案と安全準備だけで数か月から数年かかる」と指摘し、実現はほぼ不可能と見られています。
✨ まとめ:アメリカ宇宙遺産をめぐる政治劇
観点 | 内容 |
---|---|
問題の核心 | ディスカバリーをスミソニアンからヒューストンへ「政治的移設」しようとする動き |
支持派 | テキサス州議員(コーニン、クルーズ)と地元博物館 |
反対派 | スミソニアン、歴史学者、他州議員、NASA関係者 |
技術課題 | 脆弱な構造、輸送ノウハウ喪失、コスト高騰 |
法的課題 | 所有権はNASAではなくスミソニアン |
期限 | 2027年1月4日(法的搬出期限) |
象徴的意味 | 科学遺産の保存と政治介入の境界を問うアメリカ文化論争 |
この論争は、単なる展示場所の問題にとどまらず、
「誰が国家の科学的遺産を守るのか?」という根源的な問いを突きつけています。