
もし量子コンピューティングが「ゼロの発明」と同じくらい根源的だとしたら?
IBM Research 所長 ジェイ・ガンベッタ(Jay Gambetta)は、
量子コンピューティングを単なる次世代計算機とは考えていない。
それは――
「ゼロ(0)」が数学と科学を根底から変えたのと同じレベルの概念的転換だという。
この示唆に富んだ考えは、
マルコム・グラッドウェルとの対談番組
Smart Talks with IBM で語られた。
ゼロがなかった世界の数学
「ゼロ」が導入される以前、数学は大きな制約を受けていた。
- 微積分は存在しなかった
- 波動、物理学、工学の理論は成立しなかった
- 現代科学の基盤が欠けていた
ガンベッタはこう語る。
「ゼロという概念が、新しい数学を生み、
それが波動から微積分まで、あらゆる科学を定義した」
彼の見方では、量子コンピューティングも同じ種類の革命に位置づけられる。
量子コンピューティングは「速い計算機」ではない
多くの人は量子コンピュータを
「古典コンピュータの超高速版」だと誤解している。
しかしガンベッタは、これを明確に否定する。
古典コンピュータ
- 数値を足し算・掛け算するための機械
- 数学の前提は「数」
量子コンピュータ
- 全く異なる数学を前提とする
- 数ではなく、群論的・構造的な数学を扱う
- 数値化できない問題空間を探索できる
「量子力学は、新しい“数学的原始要素”を持っている
その数学を計算機として実装できれば、
これまで答えられなかった問いに答えられる」
👉
**量子コンピュータとは「計算装置」ではなく
「新しい思考形式を実装した機械」**なのだ。
SFではなく、すでに現実
IBMは数十年にわたり量子研究を続け、
直近10年は「量子アドバンテージ」と
「耐障害型量子コンピュータ」実現に集中してきた。
IBMのロードマップ実績
- 2017年:
「2023年までに古典計算で完全再現できない量子マシンを作る」と宣言 - 2023年:
実際に達成 - 2029年目標:
完全耐障害型(Fault-Tolerant)量子コンピュータの構築
「ノイズを完全に制御し、
非常に大きな問題を安定して実行できる量子コンピュータを作る」
ハード・ソフト・製造まで一気通貫
IBMは最近のQuantum Developer Conferenceで、
- 新しい量子ハードウェア
- ソフトウェア
- オープンな「Quantum Advantage Tracker」
を発表。
さらに、
- 300mmウェハーから製造される量子チップ
- ニューヨーク州の Albany NanoTech Complex
- 半導体技術を活かした高速R&Dと複雑設計
により、
量子コンピュータの工業化が現実段階に入ったことを示した。
すでに企業は使い始めている
量子は未来の話ではない。
HSBCの事例
- IBMの量子コンピュータを使用
- アルゴリズム債券取引の予測モデルを改善
- 既存モデルの一部を量子サブルーチンに置き換え
結果:
- 予測精度が34%向上
「通常この業界では1%改善でも大きい。
34%は衝撃的な数字だ」
👉
量子は“全置換”ではなく、“部分導入”でも破壊力を持つことが証明された。
大工になりたかった少年が、世界的科学者へ
意外にも、ガンベッタの夢は大工だった。
- オーストラリアで育つ
- 科学者という職業すら知らなかった
- TV番組の「レーザー」に魅了され物理へ
- 量子力学 → 博士号 → イェール大学
- 超伝導量子ビット研究へ
「良い教師に恵まれ、物理が好きになった」
現在、彼はIBM Research 所長という
世界で最も影響力のある研究職の一つに就いている。
真の主役は「次の世代」
量子理論は100年、量子コンピュータ構想は50年の歴史を持つ。
だが、本当の革命はこれからだとガンベッタは言う。
「次のスーパースターは
応用数学者になるだろう」
量子の可能性を最大限に引き出すのは、
ハードウェアではなく新しい数学を使いこなす人材だという。
まとめ|量子は「速さ」ではなく「思考のOS」
- 量子コンピューティングは性能競争ではない
- ゼロの発明のように、思考の前提を変える技術
- 部分導入でも産業を変える力を持つ
- 真の革命は、次世代の数学的思考から生まれる
量子とは「未来のコンピュータ」ではなく、
「未来の考え方」そのものなのかもしれない。