以下は、論文「Sustainable Quantum Computing: Opportunities and challenges of benchmarking carbon in the quantum computing life cycle」(Communications of the ACM, 2025年12月18日公開)
の日本語まとめ記事(解説+論点整理)です。

まとめ:持続可能な量子コンピューティング(Sustainable Quantum Computing)


なぜ今「量子 × サステナビリティ」なのか
量子コンピューティング(QC)は、新素材探索、創薬、サプライチェーン最適化、暗号解析など、人類にとって極めて重要な問題を解く潜在力を持つ一方で、環境負荷の議論がほぼ行われていないという重大な盲点を抱えています。
半導体革命の初期に環境影響を軽視した結果、
- 電子廃棄物の急増
- ICT産業による世界的エネルギー消費の拡大
- データセンターの水資源問題
といった深刻な問題が後追いで顕在化しました。
著者らは「量子の時代で同じ過ちを繰り返してはならない」と警鐘を鳴らします。
本論文の3つの核心的メッセージ
① 性能だけでなく「ライフサイクル全体の環境負荷」を測れ
量子コンピュータは、
- 製造(production)
- 運用(use)
- 廃棄・再利用(disposal)
という全ライフサイクルで、炭素排出(CO₂e)を定量評価すべきだと主張します。
「速い・多い・正確」だけのベンチマークは不十分です。
② Carbon-Aware Quantum Computing(CQC)フレームワークの提案
論文の中心概念が CQC(Carbon-Aware Quantum Computing) です。
[
\text{Total CO₂e} =
\text{Embodied CO₂e}
- \text{Operational CO₂e}
- \text{Application CO₂e}
]
| 項目 | 意味 |
|---|---|
| Embodied CO₂e | 材料採掘、製造、輸送、修理、廃棄に伴う炭素 |
| Operational CO₂e | 電力・水・冷却など運用中の炭素 |
| Application CO₂e | 量子計算が生み出す「社会的炭素削減効果」 |
👉 量子計算が肥料製造・エネルギー効率・気候モデルを改善すれば、排出削減分を“差し引く”発想です。
③ Sustainable Quantum Computing(SQC)という新分野の創設
著者らは、単なる指標提案に留まらず、
Sustainable Quantum Computing(持続可能な量子コンピューティング)
という新しい学際分野の確立を提唱します。
量子コンピューティング基礎(要点整理)


- ビット:0 or 1
- 量子ビット(qubit):0と1の重ね合わせ(重ね合わせ・エンタングルメント)
- 計算中は極低温(20mK〜4K)・真空環境が必要
- エラー訂正のため、常時制御・補正が必要 → 高エネルギー消費
現在の量子機は NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum) 段階であり、完全な耐故障量子計算(FTQC)には至っていません。
なぜ量子の環境ベンチマークは難しいのか
主な3つの課題
- 量子プラットフォームの分断
- 超伝導、フォトニクス、中性原子などで資源要件が全く異なる
- 共通性能指標が存在しない
- 古典計算のFLOPSのような標準指標が未確立
- 製造・運用・廃棄・社会的便益を同一指標で比較する難しさ
ライフサイクル分析(LCA)を量子へ適用
論文は既存の LCA(Life Cycle Analysis) を量子分野へ応用します。
- CO₂e(炭素換算)を共通単位に
- 再生可能エネルギーと化石燃料の差も反映可能
- AI・データセンター分野ではすでに実績あり
運用・製造・廃棄の具体論点
運用炭素(Operational CO₂e)
- 再生可能エネルギーでの量子計算は可能か?
- 冷却・制御のエネルギースパイクにどう対応するか?
- カーボン強度に応じた量子ジョブスケジューリングの可能性
製造炭素(Embodied CO₂e)
- レアアース(例:Dy、He-3)の採掘負荷
- 高性能 vs 環境負荷のトレードオフ
- モジュール化設計による修理・再利用
廃棄・再利用
- 「使い続ける vs 交換する」最適タイミング
- 他産業への部品転用
- レアメタルの回収・再利用
量子がもたらす「負の炭素」効果


量子計算は以下で巨大な炭素削減効果を生む可能性があります:
- 肥料製造(SDG2)
- 創薬(SDG3)
- クリーンエネルギー(SDG7)
- 気候モデル(SDG13)
- サプライチェーン最適化(SDG12,15)
👉 初期の環境負荷が高くても、長期的には地球規模でプラスになり得る
コミュニティへの提言(Call to Action)
| ステークホルダー | 役割 |
|---|---|
| 研究者 | 量子 × サステナビリティの統合研究 |
| 教育者 | 性能だけでなく環境影響を教える |
| 産業界 | 量子版「環境性能レポート」の公開 |
| 政策・国際機関 | レアアースと持続可能調達の枠組み |
結論:次の量子優位は「Climate Quantum Advantage」
本論文が示す未来像は明確です。
速さや精度だけでなく、
気候問題をどれだけ前進させたかで
量子コンピュータを評価する時代へ
エネルギー認識型エラー訂正、
カーボン対応コンパイラ、
ライフサイクル志向ハード設計――
「持続可能であること」が、次世代量子アーキテクチャの必須条件になる
それが本論文の最も重要なメッセージです。
著者
- Nivedita Arora(ノースウェスタン大学)
- Prem Kumar(ノースウェスタン大学)