土星の衛星エンケラドスの海は、厚さ数キロメートルの氷の下にあります。それでも南極付近からは水蒸気や氷の粒を噴き上げるジェットが出ていて、掘削しなくても海の中身を調べる手段になりえます。問題は、どの物質が手がかりをいちばんよく保っているかです。英国の放射光施設ダイヤモンド・ライト・ソースのLiam Perera氏らの実験室研究は、凍結中に水の小さなポケットを閉じ込めながら育つ塩の結晶に注目しました。
実験では、塩化ナトリウムと炭酸ナトリウムを含む溶液を冷やし、強力なX線で凍る過程を観察しました。3次元画像で結晶とその内部を可視化し、X線の散乱から鉱物を特定しています。その結果、エンケラドスで生成すると予想される炭酸ナトリウム系の鉱物「ナトロン」が、成長する際に周囲の流体のポケット(流体包有物)を取り込むことがわかりました。
大きな結晶ほど包有物を含みやすい傾向がありました。分離した約3800粒のうち、包有物を含んでいたのは約3%でしたが、最大サイズ区分の29粒はすべて含んでいました。各ポケットは、閉じた時点の水の小さな試料として残りえます。地球では、水が蒸発してできた古代の塩の堆積物の結晶内に、微生物の細胞が保存されていた可能性が報告されています。今回の実験が示したのは、ナトロンが凍結中に流体を捕らえられるところまでで、生物由来の物質を捕らえて保存できるかどうかは、まだ確かめられていません。
捕らえられる水の性質も、条件で変わりそうです。実験の溶液は、探査機カッシーニの採取した粒子に基づく推定の約5倍の濃さでした。その場合は氷ができる前に大きなナトロンが育ち、元の海水に近い組成を記録します。より薄い海水に近い溶液では先に氷ができ、残った塩分が濃縮した液体を後からナトロンが捕らえるため、凍結が水をどう変えたかの記録になります。研究チームは、結晶の形状などで両者を区別できる可能性があるとしています。
ナトロンはまだエンケラドスの表面では確認されていません。チームは、将来の探査機に高感度の近赤外線装置を載せてナトロンを同定し、サンプリングの指針にすることを提案しています。特に有望なのは、噴出口付近の新しい堆積物で、大きな液滴はゆっくり冷えるため結晶が育つ時間があります。一方、噴出口付近の温かい地形では、結晶から水が徐々に失われる可能性もあります。結果は『Communications Earth & Environment』に掲載されました。
出典: Communications Earth & Environment「Fluid inclusions establish natron as a key astrobiological target on Enceladus」(2026年10月17日)